しばらくぶりです。2月13日(土)の夜遅くの大きな地震は、皆さんが言われるように、10年前の大震災を思い出させるような強くて大きな揺れでした。スマホの地震速報も間に合わず、揺れ始めてから大きな警告音が鳴りました。建ったばかりの新会堂が壊れてしまうのではないかと心配しながら、揺れが収まるのを待ちました。
被害としては、棚から小さなモノが落ちるぐらいで、建物そのものには大きな被害はなく、壁のクロスが少しゆがんだり、隅っこの継ぎ目のところが隙間が空いたり、その程度でした。どうもこのぐらいは仕方がないようで、地震保険の対象にはならないということでした。新しい会堂では、建物を傷つけたくなくて、まだ画鋲一つ刺したことがないのですが、大きな地震によってこのような隙間がところどころに出来てしまい、ちょっぴり悲しくなりました。そして改めて、建物というものは建った次の瞬間から朽ちていくものなんだなぁ、と実感したこと
でした。
旧会堂では、解体工事が終わり、駐車場整備工事がゆっくりと行われています。まずは敷地の奥のブロックが崩れてしまっていたところを補修する工事が行われています。休日の今日も、工事の方が来てブロックを積む作業をしておられました。その隣りのところに大きなトラックが止まっているのが見えるでしょうか。お隣りの板金屋さんがいよいよ工場を移転させるため、休日返上で大きな荷物を積み込んでいました。
新型コロナウイルスによって教会に自由に集まることができなくなってまもなく1年になろうとしていますが、この1年のあいだに、教会周辺はずいぶんと様変わりしています。教会の裏手の高台にあった大きなアパートはすべて取り壊され、地盤工事が続けられています。今年の9月末までの予定で、スーパーが建設されることになっています。教会の皆さんが自由に集まれるようになる頃には、スーパーも賑わっていることでしょう。礼拝の帰りに、そこで昼食をとって……ということもできるかもしれませんね。コロナと闘いながら、楽しみに待ちたい
と思います。
いつもお祈りを感謝いたします。
今日の午後、教会総会を行いました。新型コロナウイルスにより、集まる礼拝を休止している状況ですので、今回はインターネット(Zoom)を利用しての総会となりました。また、インターネットでの出席が無理な方々のために、議決権行使書を提出していただく形での出席もお願いしました。おかげで、このような状況の中で教会総会を無事に終えることができました。感謝です。新しく選出された役員の方々を中心に、厳しい状況が続く中も、主の導きと助けを仰ぎつつ、今年度の働きを進めていきたいと願っています。
また、旧会堂の解体工事が1月18日(月)から始まり、わずか2週間の間に、解体は終了しました。最初は、新会堂建築のときのように、随時、解体されていく様子をホームページにアップしようかと考えていましたが、写真を撮りながら、なんだか亡骸の写真を撮っているようで、なんとも言えない思いになり、全てが終わってからお知らせしようと思いました。
我が家の娘たちは、それぞれ4歳と2歳のときに仙台に引っ越してきましたので、旧会堂は自分の家、“我が家”であって、「やっぱり、自分の家がなくなっていくのは寂しいね」とのことでした。親としては、まだ全てが終わっていない、途中の状況であるためにそれほどの感慨深さはないのが正直なところです。というよりも、新会堂の牧師館がとても快適で、特に、真冬でも部屋の中の暖かさが全く違って、「建物が新しくなって、密閉性が増し、断熱材が良くなると、こん
なにも違うものか!」と驚いています。九州育ちの私にとり、また脂肪という「ミートテック」を身につけていない私にとって、旧会堂は本当に寒かったので、今は本当に有り難いことです。
さて、解体工事がほぼ終わり、今週からは駐車場のための整備工事が始まる予定です。私たちの教会だけでなく、その周りもいろいろと変化が生まれています。いずれ近いうちに、お知らせすることができると思います。
いつもお祈りを感謝いたします。










新しい年を迎えましたが、新型コロナウイルスの感染はますます広がり、宮城県もステージ3の状態に至ったものとして、私たちの教会では今日から再び、基本的には奉仕者だけが教会に集まるというスタイルの礼拝に切り替えました。
そのような中、礼拝の中で、成人祝福式を行いました。残念ながら、成人を迎えた教会員も教会に集うことができず、インターネットの向こうで礼拝をささげているその方のために、離れた場所からではありますが、祝福の祈りをささげました。
また、今月末の教会総会に向けて、会計監査が写真のように会計担当者と監事とをZoomで結び、リモートでの監査となりました。これもコロナ下ならではの光景でしょう。
今日の日誌では、あえて「コロナ下」という表現を使いました。一般によく聞く言葉は、「コロナ禍」という表現でしょう。耳で聞く場合は、「コロナ下」も「コロナ禍」も同じになります。「禍」という言葉は、「わざわい」「災難」ということです。確かに、新型コロナウイルスは世界中の人々を襲っている大きな災いであることに違いありません。そのような中、ある牧師が「私たち神を信じる者たちは、たとえどのようなことが私たちの人生に起こっていても、それでも神は生きておられ、私たちを恵みをもって支配していてくださる、と信じる者たちである。それゆえ、この状況を『コロナ禍』という表現を用いて言い表すことは私は控えたいと思う」という趣旨のことを言われました。「なるほど、確かにそうだなあ」と教えられました。そのときから、「コロナ禍」という表現を使うのはやめました。あえて使うなら、「コロナ下」という表現でしょう。「戦時下」という表現があるように、「新型コロナウイルスが猛威を振るっている状況の下で」という意味になります。私たちは、本当に厳しいこの状況にあっても、新型コロナウイルスが世界を支配しているのではなく、御子キリストを与えてくださった恵みの神が確かに生きておられ、私たちには十分には理解できない摂理をもって支配しておられる、と信じたいと思います。
今日の成人祝福式では、次の聖句を読んで祈りをささげました。
「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。」
(エレミヤ書29章11節/口語訳)
コロナ下にあっても、私たちに平安を与え、将来と希望を与えようとしておられる神の支配を信じ、その神に望みを置きつつ、この年も歩ませていただきたいと思います。皆さんのお祈りを感謝いたします。

今年のイヴ礼拝は、コロナの感染状況を考慮して、教会には私たち夫婦と奏楽
者の3名だけ、その他の方々にはご自宅にてYouTube配信を見ていただく形となりました。ライブ配信により、普段は夜の時間のために教会に集うことができない方も、初めてイヴ礼拝に出席することができた方もおられたようです。
新会堂のイヴ礼拝にあたり、写真のようにせめて講壇だけでも飾ろうと、月曜
日に急いで準備しました。今日の礼拝中の写真は1枚だけしか撮ることができず、あとは前日、あるいは礼拝後の写真ですが、夜のチャペルもとても美しく、ぜひ皆さんに見ていただきたいと思いました。来年はチャペルにて皆さんと共にクリスマスをお祝いできますように!





仙台では、今週15日(火)の初積雪から三日続けて雪が降りました。仙台の場合、11月や12月は雪が降ってもすぐに解けることが多いのですが、今年はそのまま降り積もりました。昨日や一昨日よりも、今日が一番積もったでしょうか。さすがに今日はこのままにしておいたら夜の間に凍ってしまうと思い、午後、少し晴れ間がのぞきましたので、急いでこの冬初めて、また新会堂で初めての雪かきをしました。私の牧師室が玄関のすぐ脇にあるため、階段にあるクリスマスの飾りがいつもきれいで、何度も写真を撮りたくなります。
仙台はまだ10㎝足らずですが、県北の地域の方、あるいは岩手県の方は、昨夜の祈祷会のときに、「一日に三回も四回も雪かきしました」と言っておられました。私のように写真を撮ってる暇などないでしょうね。半分リクレーションのようにしてやっている雪かきですから、まだまだ楽なものです。でも、この程度で収まって欲しいなあと思います。






今日は礼拝後、先月召されたY姉の納骨式が行われました。午前中は小雨も降る天気で心配しましたが、午後には回復し、納骨式の頃には美しい青空が広がりました。ご遺族と教会員とで12名の出席でした。コロナの影響でみんなで見送ることはできませんでしたが、天の御国での再会を待ち望みたいと思います。




アドベント第2週を過ごしています。通常ですと、今度の13日(日)は子どもクリスマス会を行うのですが、今年はコロナの影響を考慮して中止となりました。せめてクリスマスの飾りだけでもということで、前回、クリスマスツリーをご紹介しましたが、そのほかにも、階段のところや外の案内板のところに家内が飾り付けをしました。クリスマスの雰囲気だけでも、道行く人に味わって欲しいと思います。
また、築館教会から、何か献堂記念になるものをということで、時計をプレゼントされ、玄関ホールに設置していただきました。周りの建具の色とも合って、ちょうどよい感じの時計が設置されました。心より感謝いたします。
コロナの新規感染者が各地で増えています。なんとか感染の広がりがとどまって欲しいと祈っております。皆さまもどうぞお元気でお過ごしください。







今年もアドベントに入りました。例年とは全く違うクリスマスを迎えようとしています。あれもこれもできない中で、「せめてツリーぐらいは飾ろう!」ということで、新会堂のために新しく大きなツリーを購入し、階段の窓からも見ることができるように飾りました。
そのような中、会堂建築に関する工事や片付けなどがまだ続いています。牧師館西側のフェンス工事がようやく行われ、今日、完成しました。また、旧会堂に残っている粗大ゴミの片付けも続けて行っていて、あとわずかになりました。年が明けてから、解体、駐車場整備の工事を行う予定です。
さまざまなことがある中で、会堂移転のために一ヶ月以上お休みをしていた木曜祈祷会が今日から再開されました。小会議室に場所を移して、YouTube配信による祈祷会なのですが、これまでのような礼拝で行っているエンコーダー配信ではなく、ウェブカメラによる配信であるため、いざ配信を始めようという段階になって、「カメラは別のアプリケーションで使用されているため、アクセスできません」と表示されて、どうしても配信を始めることができませんでした。いろいろとパソコンをいじって、URLを取り直して、少し遅れてやっとスタートしました。女性の方々を中心とした祈祷会なのですが、皆さんずっと再開を待っていてくださったようで、インターネットを通してですが、一緒に祈りをささげることができる喜びの声が聞かれました。コロナに負けず、主の助けと憐れみを求めて祈り続ける私たちの教会でありたいと思います。いつもお支えを心より感謝いたします。








いつかそのような電話が来るものと思っておりましたが、まだ少し先だと勝手
に思っていました。今日で一週間になりますが、先週21日(土)の朝8時、母・幸子が入所している老人ホームから電話があり、朝、スタッフの方が部屋に行ってくださったとき、すでに布団の中で息をしていなかったということでした。
「これから医師を呼んで確認するので、また連絡します」とのことでした。それからしばらくしてから、正式に死亡の連絡がありました。87歳でした。私ひとりだけ許されて、亡骸が安置されている部屋に通していただきました。まだ寝ているようで、いつもの幸子さんの姿でした。
ちょうど2日前の19日(木)の午後、家内と一緒に母を訪問しました。2月以降、面会はずっと禁止となっていましたが、母の部屋は1階の窓際であるため、いつも外から部屋の前に回り、カーテンを開けてもらって窓越しに顔を見ることができました。この日も案外元気な顔をしておりました。「コロナが収束したら、一度、新会堂に連れてきてあげようね」と家内と話しながら帰って来たことでした。残念ながら、その願いは叶いませんでした。
葬儀については、コロナのこともあり、近親者だけでさせていただくこととしました。東京から私の姉と妹、そして私の家族4人、合わせて6人だけの小さな葬儀でした。けれども、これは私の願った形でした。来ようと思えば、きっと教会の方々が参列してくださったものと思いますが、もし、教会の方々がおられたならば、私は自分の母の葬儀においても、「牧師」という肩書きを身につけながらの葬儀となったことでしょう。今回は、コロナを理由にして、佐藤牧師としてではなく、佐藤幸子の息子として、葬儀を行うことを許していただきました。式の間は、会館のスタッフにも部屋から出ていただき、本当に6人だけで別れのときを過ごすことができました。家族だけだったからこそ語ることができたことがあり、心に残る葬儀となりました。
まだ、本当はこの日誌を書く気持ちにはなれないのですが、いろんな方が陰で祈っていてくださったことを思い、その報告の意味で書かせていただきました。3年半前に両親が仙台に来てから、まもなく母の骨折、入院、手術、そして父の死などなど、次々にいろんなことが起こり、どうしたらいいかと迷い悩むこともありましたが、教会の方々に助けていただき、教団の仲間の先生方に祈っていただいて、ここまで守られました。皆さまのお祈りとお支えを心より感謝いたしま
す。私たち夫婦も、自分をいたわりながら、少しゆっくりとしたペースで、教会や教団の働きに戻って行きたいと思っています。引き続きお祈りいただければと思います。心より感謝しつつ。




新会堂での2回目の礼拝となる15日(日)の朝7時過ぎ、教会の電話が鳴り、グループホームに入居しておられたY姉が召されたとの知らせが妹さんからありました。私たちの教会では最年長の97歳でしたが、ホームでは前日まで元気に過ごしておられたそうで、突然の召天でした。
教会員の葬儀は、最近では駐車場の問題や会堂の狭さなどから、教会堂では行わず、葬祭会館で行うようにしていましたが、今回は参列者が少ない小さなご葬儀ということもあり、新会堂の1階の多目的室にて行いました。コロナの感染の心配もあり、参列者はご遺族と私たち教会の者たちを含めても10名足らずでした。小さな葬儀ではありましたが、皆で心をこめてお送りいたしました。Y姉の生涯を振り返るとき、Y姉をあのように生かした主を心から誉め讃えたいと思います。ご遺族の上に、主の慰めが豊かにありますように。








