使徒パウロは自分がまだ訪れたことのないローマの教会に手紙を書き送るにあたり、自己紹介をもって始めます。そのとき、自分がいかに由緒ある家柄の出身であるかを誇示するのではなく、「パウロ、奴隷」と自らを名乗りました。当時のローマ帝国では、自由人の数十倍の数の奴隷がいました。パウロは身分としては奴隷ではなく自由人であり、それ自体誇らしいことでした。ところがパウロは、自らを奴隷として紹介したのです。
 奴隷たちの誇りは、誰の奴隷であるか、主人は誰かという点でした。パウロは、キリスト・イエスの奴隷であると、喜びをもって紹介します。かつて自由人として生きていたときは、本当の自由はそこにはなく、罪の奴隷として生きていたことをパウロはよく知っていました。悲しいことに、人は罪の奴隷として生きているとき、そのほうが自由な生き方であるように錯覚します。罪に抵抗するほうが不自由な人生であるように思ってしまうのです。しかし、人が自分を主人として生きようとするとき、周りの者たちを虐げ、抑圧し、奴隷状態へと追いやります。
 パウロはそのような罪の奴隷からキリストの僕(奴隷)へと変えられました。それは、キリストご自身が自らを僕として私たちの救いのために差し出してくださったからです。キリストの十字架によって罪の奴隷から解放されたとき、パウロは喜んで自らをキリストの前に差し出しました。罪の奴隷からキリストの奴隷へと仕える主人が変わりました。
 「イエスは主なり」と告白する私たちは、キリストに仕えて生きる喜びが与えられているのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 主イエスが墓に葬られて三日目の朝、女性の弟子たちが香油を塗るために墓へと向かいました。ところが、墓の入り口は開けられ、中には主イエスの亡骸はありませんでした。彼女たちは、主が復活されたとは思いもせず、途方に暮れていました。
 そこに御使いが現れ、「そのかたは、ここにはおられない。よみがえられたのだ」と告げました。そして、「なぜ生きた方を死人の中にたずねているのか」と、彼女たちの愚かさを指摘しました。探す場所を間違えているというのです。このとき、御使いは主イエスの復活の証拠として、空の墓を指し示すのではなく、「あなたがたにお話しになったことを思い出しなさい」と言いました。復活を約束しておられた主の言葉を思い出すようにと言うのです。
 「思い出す」とは、ただ単に記憶を呼び覚ますというのではなく、すでに知っている知識に命が与えられ、「そうだったのか」と信じて受け止めることを意味します。同じ言葉を、彼女たちは三日前、十字架上の強盗が主イエスの憐れみを求めて言った言葉として聞いていました。「わたしを思い出してください」と。
 彼女たちは、かつて言われた主イエスの言葉を思い出しました。そのとき、彼女たち自身の信仰が蘇りました。「主は蘇って今も生きておられる」と。そして、その喜びの知らせを携えて、他の弟子たちのもとへと出て行ったのです。
 私たちも、主が生きておられることを信じられず、途方に暮れることがあります。だからこそ、共に毎週の礼拝に集い、神の言葉に聴きます。それにより、私たちも蘇りの命に生かされるのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 厳しい荒野の旅を続けていた民は、食べ物がないと言ってつぶやきました。毎朝神が天から降らせてくださるマナが与えられていながら、「この食べ物には飽き飽きした」と不平を言ったのです。神は怒りを発し、へびを彼らのもとに送られました。咬まれた者たちはその毒が回り、焼け付くような傷みと高熱で苦しみながら、次々と死んでいきました。
 民は自分たちの罪を悔い、モーセに助けを求めました。モーセが主にとりなしの祈りをささげると、主はモーセに、ヘビの像を造り、それを竿の上につけて掲げるようにと命じました。そして、「すべてのかまれた者が仰いで、それを見るならば生きるであろう」と約束されました。
 モーセは主の命令に従い、青銅でヘビの像を造り、それを竿の上に掲げ、「このヘビを仰ぎ見る者は生きるであろう」と告げました。ヘビは忌み嫌われる神に呪われた動物であり、これを神として拝むというのではありません。命を約束された主の言葉を信じて、ヘビを仰ぐという信仰を求められたのです。そして、主の言葉を信じて上げられたヘビを仰いだ者たちは、約束のとおりに生きることができました。
 後に、主イエスはこの出来事を引き合いに出しながら、「人の子も上げられなければならない」と言われました。その言葉のとおり、やがて主イエスは神に呪われた者として十字架に上げられ、信仰をもって仰ぐ者たちを救う道を開いてくださいました。一緒に十字架につけられた強盗も、十字架の主イエスを信じて仰ぎ、救いを約束されました。今も、十字架の主イエスを仰ぐ者たちは、命に生きることができるのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 イスラエルの民が神に礼拝をささげるために、妨げとなっている罪を取り除くための贖いのわざが必要でした。聖所では、毎日、祭司によって動物の犠牲がささげられました。
 そして、一年に一度の大贖罪の日には、大祭司が至聖所に入り、すべての民の罪のために贖いのわざを行いました。まず自らの罪のために犠牲をささげた後、二頭の山羊を用意し、くじに当たった最初の山羊を殺してその血を取り、大祭司はその血を携えて至聖所に入り、贖罪所に注ぎました。血を流すということは、命をもって罪の償いをするということです。人間の代わりに、動物が犠牲となり、その血が注がれました。
 次に、もう一頭の山羊を連れて来て、大祭司はその頭の上に両手を置き、イスラエルの人々のあらゆる罪を告白しました。それは、民の罪を山羊の上に移して負わせることを意味しました。その上で、その山羊を殺すことなく、遠く荒野へと放ちました。「アザゼル」とは、除去するという意味であり、罪を負った山羊を荒野へ放つことにより、民の中から罪が取り除かれたことを意味しました。これは、先に犠牲としてささげられた山羊による贖いのわざの意味を見える形で表したものでした。
 御子イエスが現れたとき、バプテスマのヨハネは、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」と紹介しました。主イエスは私たちの罪のために、大祭司となり、自らの命を犠牲としてささげられました。これにより、私たちの罪のために贖いのわざは成し遂げられました。このわざはもう繰り返される必要はありません。主の十字架の贖いにより、私たちは大胆に神に近づくことができるのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 ヨハネは手紙の最後に「気をつけて、偶像を避けなさい。」と記しました。偶像とは、「これがなければ生きていけない」と思うもの、神よりも大切な存在のことです。私たちは、空しさや寂しさ、孤独や不安を覚える時に、お金、地位、名誉、愛情、趣味、娯楽、嗜好品、スマホなど日常にある様々なものに慰めや癒しを求めます。本来は良いものであっても、それを失えば生きていけないと思うほどに大切な存在になる時、それは偶像に変わります。
 偶像は、自分の願いを叶えてくれる神として、私たちの心が作り上げるものです。しばしば偶像は、一時的に私たちの欲求を満たしてくれるため、そこから離れられなくなるのです。偶像の奴隷、罪の奴隷の状態です。偽りの神々の支配から解放されるには、まことの神を神として礼拝するしかありません。
 私たちが神を知り、神に立ち返るようになるため、まことの神である主イエスがこの地上に来られて、神がどのようなお方かを明らかにして下さいました。主はこの地上で、多くの力ある神のみわざを行いましたが、人として生きることで、私たちと同じ痛み、苦しみ、孤独をも味わわれました。それ故主は、私たちの弱さをご自分の経験として知っておられます。それだけではなく、偶像を作り続ける私たちを受け入れ、ご自身がその罪を全て背負って、十字架に命を捨てて下さいました。
 自分の内に偶像を見出す時は、自分の弱さに直面する時です。それはまた、そんな私をも愛して下さったお方を知る時でもあります。このキリストの愛が、私たちを偶像に支配されない者へと変えていくのです。
(仙台南光沢教会信徒説教者 横道弘直)

 主がモーセに幕屋を造るように命じられたとき、主は特別にベザレルを名指して召し、神の霊に満たして用いられました。そのほかにも、工事に携わる者たちを神は呼び集め、必要な知恵を与えて、そのわざを行わせました。
 幕屋のもろもろの工事が完了したとき、聖書は「主がモーセに命じられたとおりである」と繰り返し報告しています。造る者たちは、自分たちの考えに従って工事を行ったのではなく、どこまでも主の言葉に忠実に従いました。個人的な思いや考えを退けて、神の言葉に従ったのです。
 そのようにするのは、「主こそ神」だからです。具体的な生き方において、主の御心に従うことをとおして、「あなたこそ私たちの主」という信仰を告白しました。私たちは神の言葉よりも、自分の思いや考えを優先したくなるときがあります。ガリラヤ湖で漁をしていた弟子たちも、「もう一度網をおろして漁をしてみなさい」と主イエスから言われたとき、「どうせ無理だよ」という思いを退けて、「お言葉ですから、網をおろしてみましょう」と答えました。「イエスは主なり」と告白するようにして、主の言葉に従ったのです。
 同じように、神の教会は、主によって呼び出された者たちによって造られます。「イエスは主」という告白に従って、教会を建て上げていきます。会堂建築の話し合いを行うときも、どんな人も自分が中心になるのではなく、「イエスは主」という告白のもとで行います。私たちが従うのは、私たちのために十字架で命を捨ててくださった主イエスです。このお方に、私たちは喜んで従っていくのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 12弟子のユダは、銀貨30枚で主イエスを祭司長たちに売り渡しました。その後、罪を後悔し、自分の力で何とか償おうと努力したものの、ユダは自ら命を絶ちました。またペテロは、「そんな人は知らない」と三度も主イエスを否定しました。すると、「鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」という主イエスのお言葉を思い出し、外に出て激しく泣きました。ペテロとユダのしたことは、本質的には変わりない裏切り行為であり、深く後悔した点においても二人は同じです。しかし後に、ペテロは再び弟子としての使命が与えられたのです。
 ペテロは、裏切りを知りながらも自分を深い愛の御手に包んでくださっている主イエスの愛に気づきました。それゆえ、そのあり得ない恵みに打ち震えつつ激しく泣いたのでした。自分ではどうすることもできない罪の現実の中で、主イエスを見つめて泣くことができたペテロ。それに対してユダは自分の罪だけを見つめ、一人で後悔し、何とかしようとしたのです。両者の違いはこの一点にあります。
 主イエスは私たちの弱さや挫折、罪の重荷を、私たちの代わりに十字架の上で負われ、私たちの全ての罪を赦してくださいました。この赦しの恵みが、どんな時にも私たちを取り囲んでいます。ですから私たちは罪の嘆きの中で、ペテロのように主イエスを見つめたいと思います。私たちはそこから赦されて、新しく歩み出すことができるのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤裕子)

 中断していた幕屋の建設がいよいよ始まることになりました。モーセが最初にしたことは、幕屋建設に必要な資材を集めることでした。モーセは、「心から喜んでする者は、主にささげる物を持ってきなさい」と人々に告げました。喜んでささげるとは、見返りを求めて、自分の利益のためにささげるのではなく、自発的にささげることです。
 人々が喜んでささげるようになるカギは、これが主に対するささげものであるという点です。モーセが言うからささげるのではなく、あくまで主に対するささげものです。
 このモーセの呼びかけに対して、「すべて心に感じた者、すべて心から喜んでする者は……主にささげる物を携えてきた」と記されています。「心に感じた者」とは「感動した者」ということです。主がイスラエルの民をエジプトから救い出し、さらに、金の子牛像事件で滅ぼし尽くそうとされたことを思い直し、これからもイスラエルの民と一緒に行ってくださると約束してくださった、その主のいつくしみに感動した者たちがたくさんいました。その喜びがあふれて、人々は喜んでささげました。その結果、有り余るほどのささげものが集められ、ついにモーセが人々にストップをかけるほどでした。
 この同じ姿が、ピリピの教会にも見られました。命を与えるほどのキリストの大きな恵みに感動したピリピの人々は、大きな喜びをもって、自ら進んでささげものをしました。
 ここに、私たちが主に対してささげものをするときの原点があります。主の恵みに感動する者たちは、喜びをもって、自ら進んでささげる者へと変えられていくのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 神と私たちとの関係を教えるために、主イエスはタラントのたとえを語られました。ある主人が、3人の僕たちに5タラント、2タラント、1タラントを預けて旅に出ました。
私たちは3人が託されたタラントの違いが気になります。最初から不平等ではないかと思ってしまいます。
 しかし、僕たちはタラントの違いなど気にすることなく、5タラントの僕も、2タラントの僕も、それぞれ精一杯に働き、与えられたものを倍に増やすことができました。これに対して主人は、「忠実な僕よ、よくやった」と、二人を全く同じ言葉をもって評価し、ねぎらいました。主人はどれだけ多く稼いだか、という点で僕たちを評価したのではなく、主人の期待に対してどれだけ忠実に働いたか、という視点で評価したのです。その意味では、この主人は実に公平な評価を下したのです。
 ところが、1タラントを預かった僕は、主人がケチで酷な人だと思い、与えられたものを用いることなく、土に埋めておきました。彼は主人の信頼と期待に応えるどころか、主人を恐れていました。彼は自分の主人がどういう人であるかを全く誤解していたのです。
 もし、私たちが同じように私たちの本当の主人である神さまのことを誤解しているならば、健全な生き方をすることはできません。私たちの神は、私たちのために御子イエスという最高の宝を与えてくださったお方です。私たちを愛し、心から信頼していてくださるのです。
 この神の愛と信頼が分かるとき、私たちの歩みは変わります。神の信頼に応えて、精一杯に生きることを始めるのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 モーセは主に呼ばれ、再びシナイ山に上り、40日40夜、主の語りかけを聞きました。話を終えて山から下りて来たとき、モーセの顔は光を放っていました。友と語るように、主と顔と顔とを合わせて親しく語り合ったからでした。主の栄光を反映させてその顔が輝いていたのです。
 しかし、モーセ自身は自分の顔が輝いていることに気づいていませんでした。人々はモーセの顔の輝きを見て恐れ、近づこうとしませんでした。近づきがたいものを感じたのでしょう。そこでモーセは、人々の前では顔におおいをかけました。
 旧約の人物では、神の友と呼ばれたのはアブラハムとモーセだけでしたが、主イエスは弟子たちのことを友と呼ばれました。キリストを信じる者たちは、主イエスの友とされたのです。そして、神の友とされた者たちは、モーセのように神と親しく語り、その姿が変えられていきます。
 そのことをパウロはこう書いています。「わたしたちはみな、顔おおいなしに、主の栄光を鏡に映すように見つつ、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられていく」。主の栄光を見つめることにより、主に似た者へと変えられるというのです。「変えられる」という言葉は、昆虫が幼虫からさなぎへ、さなぎから成虫へと変態する姿を表す言葉です。私たちは時間をかけて、主に似た者へと変えられていきます。
 それがなされるのは、心にかかっているおおいを取り除き、主イエスを信じて、神の言葉に聴くときです。聖書をとおして表される栄光ある神の姿を見つめるとき、聖霊がそこに働いて、私たちも主に似た者へと変えられていくのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)