「王と共に」
(マタイ2:13-18)

カテゴリー 礼拝メッセージ要約(説教者による)

 東の国の博士たちから新しい王の誕生を聞いたヘロデは大きな不安を感じ、ついに、ベツレヘム付近の2才以下の男の子を皆殺しにするという暴挙に出ました。独裁者は常に、自分の地位や利益を脅かす存在を抹殺しようとするのです。  このとき、民衆はどうだったかというと、「エルサレムの人々もみな、同様であった」と記されています。新しい王誕生の知らせは、自分たちの生活を脅かす困った知らせだったのです。彼らはヘロデの行為に顔をしかめながらも、「自分たちでなくてよかった」と胸をなで下ろしていたことでしょう。民衆にとって、自分たちの生活を守ることのほうが大事なのです。エルサレムの人々が立っているところは、ヘロデと同じところでした。「同様であった」という表現は、「彼と共にいた」と訳せる言葉です。民衆はヘロデ王と共に、同じところに立っていたのです。  私たちも、この民衆と同じです。自分の立場や生活の安定を乱すような存在との関係を断ち切り、心の中では次々と抹殺して生きています。私たちも、ヘロデ王と同じところに立ち、自ら小さな王になってしまいます。  神の子救い主は、まさにそのような者たちのところに来てくださいました。天使が告げた「インマヌエル」という名は、「神われらと共にいます」という意味です。真の王が、私たち偽りの王たちと共にいてくださる。この王は、自分のために他者を抹殺するのではなく、他者のために自分の命を犠牲にする王です。  このような王が与えられたクリスマスだからこそ、私たちはこの方を喜んで礼拝するのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)