2014年3月3日(月)

「3月になりました」

 大震災から3度目の3月を迎えました。テレビなどでは、震災に関する番組やニュースが増えています。今日の午後、久しぶりに、よく行く仙台市若林区荒浜、そして名取市閖上に行ってきました。荒浜小学校は変わらない姿で建っていました。この荒浜小学校は、震災遺構として保存される方向で検討されていると聞いています。車で荒浜に向かっている途中、ちょうどTBCラジオでは、深沼海岸と呼ばれたこの荒浜の海岸付近の震災前の写真を探しているというインタビューがなされていました。海岸に行くと、写真とともにそのように呼びかける案内が張りだされていました。海岸は、残念ながらしばらく前から立ち入り禁止で、護岸工事が続けられているようです。
 閖上は、いつもの日和山に行きましたが、日和山から見下ろす閖上の風景は、全く変わっていませんでした。寒々とした風景が広がっていました。また、最近もNHKの番組で放映されていた閖上中学校にも立ち寄りました。このあいだのNHKの番組で、お子さんを亡くされたお母さんが出ていましたが、「震災直後は、被災地見学にやってきて笑顔で写真を撮る人々に無性に腹が立って、後ろから塩をまいたこともあったけど、今は、どんな形でもいいから見に来てほしい、震災のことを忘れないでほしい、と思うようになった」と語っていたのが印象的でした。忘れ去られることが、被災者にとって本当に辛いことだということです。そういう意味でも、ときどき、こうやって見に行くことが必要なのだなあと思っています。
 先週の木曜日の午後、今年初めて、“細く長く”をモットーにして継続してお話を伺っているOさんとお会いしました。いまだに建物の取り壊しはなされず、そのままでした。おばあちゃまは、「ここに来ると、3年前をどうしても思いだして悲しくなる」と言っておられました。悲しみの一つは、多くの大切なものを失ったこと。その一番は、大事にしていたひな人形が流されたこと。3年前、ひな祭りが終わったあとも、まだしばらく居間に飾っていたために、津波の被害に遭ったとのことでした。今日はひな祭り、3年前の悲しみがよみがえっているのでしょうか。  そのように、さまざまな思いが交錯する3月ですが、先週1日(土)には、長女の高校の卒業式がありました。3年前は、中学校の卒業式の午後にあの大震災が起こり、高校の合格発表が一週間ほど延期され、入学式も3週間ほど遅れました。あれから3年が経ったのだなあと思っていると、さきほど、ミヤギテレビの夕方の番組「OH!バンデス」で、派手な衣装で有名なその高校の卒業式の様子が放映されおり、うちの子もほんのちょっと映りました。まずは、卒業を迎えたこと、感謝です。
 まもなく3月11日。また石巻や女川に行ってみたいなあと思っています。



変わらない荒浜小学校
深沼海岸



ココに戻りたいという意思表示の黄色い旗
震災前の写真の数々



日和山
変わらない閖上地域




閖上中学校

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