「私事ですが」

カテゴリー 佐藤牧師の日誌

今日11月21日は母・幸子が主のみもとに召されてちょうど1年になる日でした。昨年は土曜日で、朝8時過ぎでしょうか、入所していたシオンの園の看護師の方から電話があり、母がもう息をしていない、これから医者を呼ぶところ、とのことでした。それよりも2年ほど前に、一度肺炎で一ヶ月ほど入院したことがありました。入院している間に、足の踵に床ずれができているのを目にし、認知症のためにそれを訴えることもできないでいる母の姿を見て、私たち夫婦でとても悲しくなりました。そこで、退院した後、シオンの園のスタッフに、シオンの園で看取りをして欲しいこと、もう入院させる必要はないことをはっきりと伝え、その文書に署名をしておりました。ですから、いつ召されても大丈夫、という覚悟はしておりました。ですから、突然の死の知らせでしたが、大きな動揺はありませんでした。

幸いだったのは、召される2日前、妻と二人で顔を見に行くことが出来ていたことでした。新会堂完成、献堂記念礼拝、続いて教会員の葬儀など、ずっと時間がなくて会いに行くことができないでいたのですが、葬儀が終わった翌日、「久しぶりに顔を見に行こう」と出かけることができました。「コロナが収束したら、新会堂を見せてあげようね」と言いながら帰ってきましたが、それが叶わなかったことだけが一つの心残りでしょうか。両親はいつも私たちの教会の会堂建築のために祈ってくれていて、何かあると「あなたたちの教会の会堂建築はまだなの?ずっと教団の祈祷のしおりに載っていて祈っているけど、まだ始まらないの?」と言われておりました。その新会堂の完成を待っていたかのように、主のもとに帰っていきました。
 一年になる日を前にして、ある教会員がお花を持って来てくださいました。せっかくなので、母の写真のそばに飾らせていただきました。この写真にありますように、遺骨がまだ我が家にあります。父も納骨されている教団墓地に納骨をお願いする予定ですが、コロナのために教団では合同記念会がずっと休止になっております。腐るものでもありませんから、もうしばらくこのままにしておきます。
 皆さんのお祈りとお支えを心より感謝いたします。