2012年 7月・牧会日記

植木鉢  7月27日(金)(写真はこちら


 3月頃からずっと行きたいと願いつつ、都合が合わないために行くことが出来ないでおりました相馬の仮設住宅のボランティアに行ってきました。相馬市にある同盟教団の相馬キリスト教会の働きを支援するために、クラッシュ・ジャパンの仙台ベースが関わりを続けてきました。相馬教会では、相馬市と南相馬市にある幾つかの仮設住宅と関わりを持っておられます。
 今日は、仙台ベースから私たちを含めて8名が応援に駆けつけ、相馬教会の先生方と共に、教会から25分ほど離れたところにある南相馬市にある小池長沼仮設住宅に行きました。ココは福島第一原発から31キロほどの距離にある場所です。私にとっては、南相馬市に入るのは初めてで、また福島原発にこれだけ近づいたのも今回が初めてでした。ただ、震災以降、日本中にその名が知られるようになった南相馬市ですが、私たちが行った場所の放射線量は仙台市とほとんど変わらない数値です。
 この小池長沼仮設住宅は南相馬市の中でも最も多い200戸の住宅が建てられています。ここには、津波の被害に遭った方々だけでなく、同じ南相馬市でも5月まで警戒区域に指定されていた小高区や浪江町などからの原発避難の方々が多く入居しておられます。このため、早期の帰宅が困難であることが予想されることから、ココの仮設住宅は他の所よりも少し質の良い住宅が建設されているとお聞きしました。
 今日は、相馬教会の会員が属しておられるオカリナ演奏のグループによるミニコンサートがありました。前日に教会の先生が案内のチラシを配付されていたこともあり、20名近くの大人の方々と10名ほどの子どもたちが出入りしました。今日はゆっくりお話しを伺う時間はあまりありませんでしたが、おいでになった方々は、この集会所に来ているときだけでも辛いことを忘れられるということで、この時間を喜び、また楽しんでおられるようでした。むしろ、このような場所に出てくることの出来ない方々のほうが心配すべきなのでしょうか。集われた方々の中にも、「ちょっと大変そうだなあ」とお見受けする方もおられました。いつになったら帰宅できるかも分からない放射能汚染のことを考えると、体調を崩すのも無理のないことでしょう。
 そんな中、今日集まられた方々に向かってお話しされたある方の、「私の親族にも、津波で家を流された者もおりますので、皆さんの気持ちはよ~く分かります!」という言葉がひっかかりました。仮設住宅で不自由な生活をしておられる方々のことをおもんぱかっての言葉でしょうけれども、果たしてこのような言葉が本当に相手の心に届くだろうか?と。被災者の方々に接すれば接するほど、「あなたの気持ちはよく分かります」などと言うことなどとても出来ないと私は思うようになりました。状況が似ているようであっても、それぞれが抱えている問題は微妙に異なりますし、何よりも、人の気持ちなどそう簡単に分かるものではないからです。むしろ、「本当の深いところでは、十分に分かって差し上げることができない」と自らの限界を素直に自覚しつつ、なお相手の心に聴こうとする、そのことが大事なのではないか、そう思わされたことでした。そして人は、「あなたの気持ちはよく分かる」と言ってくれる人を求めているのではなく、分かろうとして真剣に耳を傾けて聴いてくれる人を求めているものでしょう。そういう傾聴の姿勢を大切にしたいと思います。
 それにしても、相馬教会の先生方が、決して多くの教会員がおられるわけではない中で、被災者の方々のために懸命に奉仕しておられる姿に頭が下がる思いでした。今日は外国からのボランティアの方々と応援に行ったのですが、「たとえ1回きりの奉仕であっても、決してムダな働きではない」と感謝して下さり、「ぜひ続けて祈って応援して下さい」と言われた言葉が印象的でした。
 このように、足を運ばなければ見えて来ない世界があるものです。仙台とはまた違った震災の苦しみと闘いがそこにはありました。機会が許されれば、またいつか応援に伺いたいと思います。



植木鉢  7月26日(木)


 今日は朝から気温が上がり、東北地方もついに梅雨明けが宣言されました。九州で育ったにもかかわらず、暑いのが苦手な私は早くも少しバテ気味。そんな中、今日は木曜会の後、昼食をすませ、女性の方々が8名で墓前祈祷会(清掃)に行って下さいました。午後の一番暑い時間帯、大丈夫だったでしょうか。毎年お盆の時期を前に清掃に行くのですが、都合のよい日曜日がなく、今日行くことになりました。
 私たちの教会の墓地がある霊園は、昨年の震災によって陥没したり、壁面が崩れてしまった場所がありましたが、1年たってようやく、ブルドーザーが入って修復をしているとのこと。早くしたくても工事業者の手配がつかず、今になったのでしょう。仙台でも、震災の爪痕はまだまだ様々なところに見られます。 私は、ストップをかけられたお陰で、体を休ませることができました。暑い中、ご奉仕して下さった方々に感謝いたします。




植木鉢  7月24日(火)


 久しぶりに傾聴ボランティアに行ってきました。しばらくの間、こちらの都合が悪かったり、あちらの都合が悪かったり、あるいは天候が悪かったりで、約3ヶ月近くご無沙汰しておりました。その間も2回ほどお電話をいただき、「また伺います」とお話ししていたのですが、やっと行く機会が与えられました。
 お宅に伺うと、真っ先に目に飛び込んできたのが青々とした田んぼでした。以前もご紹介したように、近隣の農家では今年はココだけが田植えができたのですが、塩害も心配される中、例年と変わらない状態で稲は生育しているそうです。5反歩(50アール)の田んぼが震災前と同じように青々としているのを見たおばあちゃまは、「嬉しくて涙が出た」と言っておられました。おばあちゃまも、5月の初めに私と会って以来、久しぶりに来られたとのこと。畑のほうも、写真にあるように、ナス、きゅうり、かぼちゃ、ピーマン、レタス、プチトマト、とうもろこし、モロヘイヤなど様々なものが植えられていました。周辺の畑や田ん
ぼが手つかずで荒れ果てているのに対して、Oさんのお宅だけは作物が見事に育っていて、私も一緒に嬉しくなりました。久しぶりということもあり、たっぷりとお話しを伺って帰ってきました。なかなか外に出る機会(あるいは気力)がないとのことですから、機会を見つけてまた伺いたいと思っています。




植木鉢  7月15日(日)(写真はこちら

 今日は午後、3月に続いて今年2回目の縦割り部会を行い、会堂問題についてグループに分かれて話し合いをしました。今回の話し合いのテーマは大きく二つ。一つは、先月の特集で松木従子先生が八王子教会の会堂建築の様子をお話しして下さったことについての感想・分かち合いです。もう一つのテーマは、私たちの目ざす教会像について、昨年10月に行ったアンケート結果をもう一度振り返りつつ、それをさらに深めていくための話し合いをしました。前回同様、30名余りの方々が出席され、よい話し合いのときを持つことができました。まだ意見交換という段階ですが、このような一回一回の話し合いを積み重ねていくことを通して、皆の思いが徐々に一つとされていき、また「会堂を建てたい!」という思いが増していく、そんな感じがしています。これらの集まりの中に、主が働いていて下さるのだなあという思いで、皆さんのお話を聞いておりました。
 震災による復興のために建築費や建築資材の高騰がしばらく続くと予想されている中で、「それでもやっぱり少しでも早く会堂を建てたいなあ」と思ったことでした。いよいよ皆で祈りを合わせつつ、主の導きを求めたいと願っています。




植木鉢  7月10日(火)


 先週末、夏期休暇の締めくくりとして、妹が牧会している多摩教会へ行き、礼拝の御用をいたしました。昨年の大震災のとき、石田師家族が3月末に来て下さって、電気関係の修理や片付け、ゴミ捨てなど本当に助けて下さいました。いつかお礼を兼ねて多摩教会でご奉仕をと願っておりましたが、今回、その機会が与えられました。
 礼拝の中で、姪の洗礼式があり、そのあと、聖餐式を行いました。東京に住む姉も駆けつけ、姪の受洗を共に喜び祝いました。そういえば、私たち3人の姉弟が揃って礼拝をささげるのは、私が献身して聖書学院に入学してからは初めてのことではないかと思います。このような幸いな機会が与えられ、主に感謝しました。
 また、私が留守をした仙台では、昨年から続く神奈川教区による講壇支援として、教区長の福島先生が奉仕に来て下さいました。その支援のおかげで、安心して1週間も教会を留守にすることができました。神奈川教区によるご支援を心より感謝いたします。




植木鉢  7月 5日(火)


 日韓聖潔教会共同歴史検証会議は2日(月)~3日(火)で終わり、昨日と今日は韓国から来られた先生方の京都市内観光に同行しました。昨日は金閣寺から始まり、二条城京都御所新島襄旧邸などをまわりました。金閣寺は何度も訪れたことがありますが、二条城は中学生のときの修学旅行以来、京都御所は初めてでした。ただし、御所は入ることができず、周囲の庭園、京都御苑を歩きました。御所には、日本人は特別な許可を得た人だけが入ることができ、外国からの観光客は前日までに申請すれば入れるとのこと。御所の周りを散策したのですが、その敷地の広さに驚きました。
 夜は豊中泉教会の祈祷会に出席しました。私が大学時代の4年間を過ごした教会で、久しぶりの出席で、懐かしく、また嬉しく思いました。
 今日は午前中、枯山水の美しい庭で有名な南禅寺、浄土宗総本山の知恩院へ行きました。いずれも初めてでした。昼食後、観光ツアーは夕方まで続くのですが、私だけひとあし先に失礼し、両親のところへやってきました。少しの間だけ、親孝行です。
 この4日間、韓国の方々とご一緒でしたが、ときにその言動に目を丸くしながら、とっても楽しい時を過ごさせていただきました。久しぶりの京都観光も、思わぬ夏期休暇のプレゼントとなりました。




植木鉢  7月 3日(火) (写真はこちら


 昨日から、日韓聖潔教会歴史共同検証会議出席のために京都にある関西セミナーハウスというところに来ています。歴史編纂委員会の働きの一つとして、発題を求められての出席でした。韓国のホーリネス教会から20名ほどの牧師や神学生の方々が出席され、日本側からは6名の出席です。私の発題は昨日無事に終わりました。私にとっては、韓国の先生方と良い交わりのとき、異文化交流のときとなっています。
 歴史編纂委員会と福音による和解委員会の委員を兼ねておられる上中先生と平野先生、和解委員会の宮崎先生と蘇先生が本当によく準備・お世話をしておられた頭が下がりました。今日は夕食後、夜景を見たいという要望に応えて、比叡山に登りました。残念ながら霧がかかって京都市内は眺めることが出来ませんでしたが、反対側の琵琶湖方面を見ることができました。
 会議は今日で終了なのですが、事情により、私は明日から明後日にかけての京都市内観光にも付きそうことになりました。これらも上中先生たちが添乗して差し上げるものです。まあ、私も夏期休暇をいただいている期間ですから、京都市内を楽しみたいと思います。




植木鉢  7月 1日(日) 


 今日の礼拝には、昨年、日本国際飢餓対策機構の仙台物資倉庫などでボランティアを続けてしておられた男性の方が出席されました。大阪に住んでおられる方で、昨年は合わせて4ヶ月ほど被災地でのボランティアをされたそうです。久しぶりに再びボランティアにおいでになり、物資倉庫で一緒に奉仕をされた私たちの教会員に誘われて礼拝においでになりました。私も何度かお会いしたことがあった方で、てっきりクリスチャンの方だと思っていたのですが、そうではなかったようです。その方が今日、「ボランティアで初めて多くのクリスチャンの方々と接して、『こんなにいい人たちがいるんだ』と思った」と言っておられました。そういう意味では、FH倉庫での働きが、未信者のボランティアの方々にも良い感化を与えていたのだろうと思い、嬉しく感じました。
 礼拝後、男性会の方々が当て逃げされて壊れかけていた玄関前の花壇の整備をして下さいました。ひとまず、崩れかけている花壇を取り壊し、植えられていた花をプランターに移して下さいました。今は、ホームセンターなどにお願いしても工事がいつになるか分からない時ですので、しばらくはこの状態になるでしょうか。雨に降られて崩れてしまう恐れがなくなり、ひとまず安心しました。

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