このローマ人への手紙は15章13節までで本論は終わり、14節からは最後のしめくくりの部分となっています。パウロはこれまで書いて来たことをもう一度読み直してみたことでしょう。そのとき、ずいぶんと強い口調になっている部分があることに気づいたようです。そこで、「わたしはあなたがたの記憶を新たにするために、ところどころ、かなり思いきって書いた」と述べています。他の訳では「かなり大胆に書きました」と訳されています。
 しかし、パウロはそれを書き直そうというわけではありませんでした。福音の真理を正しく伝えるために、どうしても大胆に語る必要があったのです。そのように思い切って語ることができたのは、パウロがローマ教会の人々の信仰を信頼していたからでした。たとえ厳しい言葉があったとしても、自分の言葉を正しく受け止めてくれる、そのような力があると「堅く信じている」と伝えました。
 そのパウロが語る言葉は、決して目新しい内容ではありませんでした。「あなたがたの記憶を新たにするために」と述べているように、人々がすでに聞いたことのある福音を思い起こしてもらうために、大胆に語ったというのです。それは、私たちが語られた神の言葉を忘れてしまうからです。それによって信仰が揺り動かされてしまうからです。
 そのような中で、神の言葉、福音の言葉には人を造り変える力がある、ダイナマイトのような力があると信じて、パウロは語り続けました。神の恵みを思い起こすことによって、私たちの信仰は息を吹き返し、新しく生きることができるのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 ローマ人への手紙の本論の最後にあたり、パウロはこれまで語ってきた内容を要約するようにして、救われるとはどのようなことなのかを改めて違う表現を用いて語ります。「こういうわけで、キリストもわたしたちを受け入れて下さったように、あなたがたも互に受けいれて、神の栄光をあらわすべきである」と。救われるとは、神によって受け入れられることである、とパウロは語ります。
 主イエスが語られた放蕩息子のたとえ話の中で、父親の財産を使い果たして戻って来た弟息子に対して、父親は彼を喜んで迎え入れました。息子としては、「もう、あなたの息子と呼ばれる資格はありません」と言おうとしました。ところが父親は資格のない息子を受け入れたのです。これを知った兄息子は怒りに震えました。財産を使い果たしておきながら家に戻ってきた弟に対して、またその彼を迎え入れた父親に対して怒ったのです。
 私たちもこの兄のような思いを自分自身に対して持ってしまうことがあります。神が罪人の私を受け入れてくださったのに、なお自分を受け入れることができず、そのために他の人をも受け入れることができずに苦しむことがあります。けれども神は、御子キリストの十字架のゆえに、私たちを受け入れてくださいました。そこには、ユダヤ人も異邦人も、どんな人も区別などありません。ただキリストの恵みによって神に受け入れられたのです。
 恵みによって自分自身を受け入れていくとき、他者をも同じように受け入れて生きる歩みが始まります。神の恵みにより、互いに受け入れ合う者へと変えられていくのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 パウロは引き続き信仰の強い者たちに向かって語りかけます。それは信仰の弱い人を裁いてつまずかせるのではなく、その弱さを担ってあげなさい、というのです。その人の霊的成長のために、手を貸してあげなさいということです。
 これは、自分だけを喜ばせようとするのではなく、隣り人を喜ばせようとする姿勢です。その勧めの根拠として、「キリストさえ、ご自身を喜ばせることはなさらなかった」と語ります。ご自分を喜ばせる権利を最もお持ちの方が、ご自分を喜ばせることを第一とされず、隣人どころか、神の敵であった私たち罪人が喜ぶことを第一にされたのです。私たちが喜ぶこと、私たちが罪から救われることが、神にとっての大きな喜びとなるからです。
 その私たちのために、主イエスは私たちの罪の弱さを担ってくださいました。「になう」という言葉は、ヨハネ福音書で「イエスはみずから十字架を背負って」という聖句で使われています。私たちの罪の弱さを担うために、主イエスは私たちが負うべき十字架を背負ってくださいました。罪の弱さに負けてしまう私たちのために、力あるお方が十字架によって罪を担ってくださいました。
 私たち一人ひとりは実に弱い者たちです。それでもなお、望みを持つことができるのは、私たちの神が「忍耐と慰めとの神」だからです。神は私たちに対して忍耐の限りを尽くし十字架にかかってくださいました。忍耐できないのは私たちのほうでしょう。自分に対して、他者に対して忍耐できない者たちです。しかし、神の忍耐による救いを受けて、私たちも他者の弱さを担う者へと変えられていきます。そして、心を合わせて共に神をたたえて生きるのです

 神を信じる者たちの人生にも、「神よ、どうしてですか」と問いたくなるような出来事が起こるものです。預言者はここで、神の恵みと憐れみはどこに行ってしまったのか、と神に詰め寄っています。まるで迷子になった幼子のように、神がどこにもおられないと嘆き、叫び声をあげています。預言者は、そのようになった理由を知らなかったのではありません。イスラエルの民の罪が原因であることをよく分かっていました。
 ところが、それでもなお、「あなたの熱情はどこに行ってしまったのか」と問うのです。神がかつて持っておられた腸が痛むほどのたぎる思いが消えてしまったと嘆きます。そして、神に向かって、私たちのこの苦しみをよくご覧ください、と訴えます。神の憐れみがなければ、神の民は生きていけないからです。
 そのように神に激しく詰め寄った後で、「あなたは我々の父です」と告白します。たとえ神が私たちを見放してしまわれたように見えても、神が私たちの父であることに変わりはない、と信じ告白したのです。自分たちの現実は、父祖アブラハムに見捨てられても仕方がないような者たちであることを預言者は認めます。「されど主よ、あなたはわれわれの父です」と信頼します。
 預言者がこの一点に拘るのは、神が自分たちの父でいてくださることが救いだからです。これさえはっきりすれば、どんな状況にも耐え、生きることができるからです。たとえ目に見えるところは厳しい現実があっても、神を信じる者たちとって最も確かな現実は、神が私たちの父でいてくださるということです。どんなときも、このことを信じて、「されど主よ、あなたは私たちの父です」と呼びかけようではありませんか。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

主イエスがエルサレムの宮で人々に話をしておられると、律法学者たちが姦淫の現場で捕らえた女性を引きずり連れてきました。彼らは「律法では、石打の刑にせよと命じていますが、あなたはどう思いますか」と質問しました。律法どおりに「打ち殺せ」と答えれば、愛を説く教えに自ら反することになり、「赦せ」と言えば、律法に背くことになる、答えようのない質問でした。主イエスを陥れるために、彼らはそのような質問をしたのでした。
 律法学者たちの質問に対して、主イエスはすぐには答えず、地面に何か書いておられました。答えに窮しているような主イエスの姿に、律法学者たちは調子づき、「どうなのですか」と問い続けました。
 ついに、主イエスは沈黙を破り、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」と言われました。この一言が、状況を全く逆転させました。訴えていた人々が、今度は自らの罪が問われることになったのです。そして、「自分には罪がない」と言える人は一人もいませんでした。律法学者たちは一人残らずその場から立ち去り、女だけがそこに残されました。
 主イエスは石を投げる者が一人もいなかったことを確認された上で、「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」と言われました。ただ一人、罪を正しく裁くことのできる方が、女の罪を罪として認めながらも、赦しを告げられたのです。やがて彼女の罪のためにも十字架で死なれるお方だからこそ、赦しを告げることができました。神は主の十字架によって罪人を裁き、同時に赦しを与えられました。それゆえ私たちは「あなたこそ私の主」とひれ伏すのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 ローマ教会の中には、異教の神にささげられた肉を食べてもよいかどうかということで、信仰の強い人と弱い人がいて、激しい対立が起こっていました。お互いに裁き合うことが起こっていました。
 そのような中、パウロが問題にしているのは、信仰の強い人が平気で肉を食べて見せることによって、それにつまずいてしまう人々がいたことでした。強い人たちに言われて、その影響を受けて、「本当は食べてはいけないのではないか」「自分たちは罪を犯しているのではないか」と思いつつも、肉を食べるようになった人がいる、というのです。疑いながら食べるということは、信仰によらないことであり、それは罪である、とパウロは語ります。信仰の強い人たちが、弱い人たちに罪を犯させていることになるというのです。
 これはキリスト者に与えられた自由の意味をはき違えて、その自由の使い方を間違っていることから生じた問題でした。キリストの恵みによって自由にされたとはいえ、それはなんでも自分の思いのままにしてよい自由ではありません。自己中心という自由ではなく、神と人とのために愛に基づいてその自由を用いるように求められています。すなわち、人の徳を高めることを求め、神と人とを愛して生きるために、与えられている自由を行使するのを控える、ということがあります。それこそ、真の自由です。
 救い主キリストは、最も自由なお方でありながら、私たちのために僕となり、十字架で死んでくださいました。このキリストの奉仕によって私たちは自由な者とされました。この恵みに応えて、与えられた自由を他者のために用いて生きる、そのような歩みへと招かれているのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 主イエスは、神の救いの恵みを喜びあふれる盛大な晩餐会にたとえて、一つの話をしました。ある主人が、「さあ、おいでください!」と、晩餐会に多くの人を招きました。しかし当日になると皆、理由をつけて断り始めました。怒った主人は今度は貧しい人々や体の不自由な人などを無理やり引っ張ってきて、宴席をいっぱいに満たしたのでした。
 この譬え話の主人は、私たちを救いの恵みへと招かれる神です。そのお心は喜び躍っています。私たちは神にとって実に愛すべき存在なのです。しかしだからこそ、私たちがその招きを軽々しく断る時、神は激しいまでに胸を痛められるのです。
 断った人々はこの招きは当然のことと思っていました。一方、強引につれて来られた人々は、神の救いを受ける資格などないと自覚していました。しかし本来ふさわしくない者が、戸惑いながらも「ありがとうございます」と招きに応じることにより、救いの恵みをいただいたのです。
 私たちは救われるにふさわしい者になろうと頑張る必要はありません。なぜなら主イエスが私たちの罪を赦すために、私たちの身代わりとなって十字架で死んでくださり、私たちが救われるために必要なことをすべて成し遂げてくださったからです。それゆえ神は、「さあ、来なさい!準備はできているから」と、私たちに強く迫っているのです。
 私たちはその喜び溢れた招きの声を聞き続けて、ただ感謝して救いをいただきます。そして苦労の多い人生ですが、それでも、神がもてなしてくださる晩餐会のような、豊かな恵みと楽しみを味わいながら生きて行くのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤裕子)

 ローマ教会の中に、信仰の強い人と弱い人がいて、お互いに相手を非難し、裁き合っていました。これに対してパウロは、どちらの信仰が正しいかという判断を下していません。彼らが問題としていたのは、信仰の本質には関係ないこと、どちらでもいい事柄だったからです。
 それよりも大きな問題は、教会内でお互いに裁き合うことでした。そこでパウロは、「今後わたしたちは、互にさばき合うことをやめよう」と呼びかけます。人を裁くということは、自分は絶対に正しいと思いこんで、自分独自のモノサシをもって他人の善し悪しを測ろうとするところから生まれます。
 さらに、相手の欠点を見つけたとき、その徳を高めるような関わり方ではなく、相手を否定し、おとしめるような関わり方をすることが大きな問題です。その根底にある問題は、相手を下げることによって自分を高めようとする点にあります。自分で自分を高めなければならないと思うほどに、心の底に自己否定の声が響き、存在が脅かされているのでしょう。親から受けた罪の連鎖の哀しみがそこにあります。
 パウロはこの問題を神との関係において解決しようとします。「キリストは彼のためにも、死なれたのである」と。「彼のためにも」とは、「あなたのために」というのが大前提です。キリストはあなたのために十字架で死んでくださったではないか。あなたのために裁きを受け、あなたの存在を全面肯定してくださる神がおられるではないか、というのです。
 この神による肯定を受けて、私たちは自らを肯定し、他者をも肯定して生きることができます。キリストの福音により、私たちは今や、他者を裁く心から解き放たれたのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 ペテロに頼んで舟の上から民衆に向かって話をしていた主イエスは、話が終わると、「沖をこぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい」と言われました。この日、ペテロたちは一晩中漁をしたものの、何も取れずに帰って来たところでした。網を洗って家に帰るところで、心も体も疲れ果てていました。漁を仕事とするペテロたちが一晩かかって何も取れなかったのですから、いくら主イエスが命令しても、結果は同じであるように思えました。
 ペテロは主イエスに向かって素直に状況を説明しました。「先生、わたしたちは夜通し働きましたが、何も取れませんでした」。その思いとしては、「いくらやっても、今日は無理ですよ」というところでしょう。しかし、ペテロは自分の経験や思いを押し通して、主イエスの言葉を退けることはしませんでした。「しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう」と言ったのです。自分の思いや考えに逆らうようにして、主イエスの言葉にかけたのです。「主の言葉は必ず実現する」と堅く信じていたわけではありません。疑いつつ、信じつつ、というところでした。そのような中で、主イエスの言葉に従ったとき、網が破れるほどの大漁となりました。
 これを目にしたペテロは主イエスのみ前にひれ伏し、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者です」と告白しました。何か具体的な罪があるというのではなく、主イエスを信じ切っていなかったというのです。私たちも、疑いながら神を信じる、という弱さを抱えています。そのような私たちが、毎週の礼拝で、聖書の説き明かしをとおして、不信仰を悔い改め、神を信じる者へと変えられて行くのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 主イエスがある村に入られると、「私たちを憐れんでください!」と10人の重い皮膚病の人たちが叫びました。彼らは「神に呪われた病気」と差別され、社会や家族からも追われて、孤独と苦しみの中で失望していました。主イエスが、「祭司のところに行ってからだを見せ、治癒したことを証明してもらいなさい」と言われると、まだ癒やされていないにもかかわらず、彼らは出かけて行きました。すると行く途中で全員が見事に癒やされたのでした。
 10人は大喜びで祭司のところに向かいましたが、1人のサマリヤ人は大声で神を褒め讃えながら主イエスのもとに戻って来ました。そして足もとにひれ伏して感謝したのでした。これはまさに礼拝の姿です。
彼は、自分はサマリヤ人なので神の恵みを受ける価値がないと思っていました。だからこそ、そんな我が身に起きた神のみわざを思うときに、感謝にあふれ、神を礼拝せずにはいられなかったのでした。
 彼は、「立って行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのだ」と、主イエスの祝福と派遣の言葉によって、社会に遣わされて行きました。
 私たちも、そもそも自分は何者かと思い巡らすことから感謝が生まれ、感謝から礼拝へと繋がり、礼拝から祝福と派遣を受けて新しい一週間をスタートします。そしてまた礼拝に戻ってくるのです。
 私たちが遣わされる先は様々な困難があります。それでも私たちは一週間支えられ、神をたたえる感謝の礼拝を繰り返し捧げることができるのです。それは何という幸せでしょうか。私たちはそのような大きな恵みをいただいているのです。 
(仙台南光沢教会牧師 佐藤裕子)