私たちは先々のことを心配して思い煩います。そのような私たちに対して、主イエスは「空の鳥を見るがよい」と言われました。鳥は食べ物を求めて一日中忙しく飛び回っていますが、明日の食べ物をどうしようかと悩んだりはしません。自分たちの力ではどうすることもできないからです。そのような鳥たちについて、「あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる」と言われます。神が小さな鳥を慈しんでおられるからこそ、鳥は生きることができるのです。
 その上で主イエスは、「あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか」と語られます。これは天の神がご覧になった私たちの評価です。私たちの存在を「価値がある」と言われるのです。
 さらに主は、野の花を見るようにと促します。明日には枯れて火に投げ入れられる草花が美しく咲いている姿を見せながら、今日一日を精一杯に生きることの大切さを教えます。そして、神が美しく装っていてくださる野の花以上に、私たちのことを顧みてくださるというのです。
 そして、結論のようにして、「あすのことを思いわずらうな」と言われます。私たちは明日のことを心配するあまり、今日一日を大切に生きることをやめてしまうからです。それは自分が人生の支配者になろうとすることです。しかし、神を信じ、礼拝するということは、「私ではなく、あなたこそ真の支配者、主です」と告白することです。明日のことは、私たちの主の支配に委ねるのです。
 私たちがそのように出来るのは、御子イエスをさえ与えてくださったお方が私たちの父でいてくださるからです。私たちに十分な恵みをそそいでくださる主に、安心して明日を委ねることができるのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 律法に規定されている重い皮膚病を患っている人が主イエスのもとへやって来てひざまずき、癒しを願い求めました。当時、この病は伝染性の病気だと恐れられ、患者は通常の社会生活が許されず、家族からも引き離され、不自由な生活が強いられました。他の人に近づくことができず、「私は汚れた者です」と叫びながら歩かなければなりませんでした。神に呪われた者とみなされ、人々からは差別を受け、大きな苦しみと悲しみを抱えて生きていました。
 そのような病を負った人が、主イエスのもとへ来てひざまずいたのです。「近づくな」という律法や偏見の壁を乗り越え、「どうせダメではないか」という自らの心の内にある絶望の壁を乗り越えて、主イエスにかける思いでやってきました。
 この人は、主イエスのもとに来ると、「みこころでしたら、きよめていただけるのですが」と言いました。「何が何でも癒してください」と普通ならば言うところ、彼は主イエスのみ心を問うたのです。自分が主人となって神を利用しようとする御利益信仰が多い中で、主のみ前に跪く心からこの願いが生まれました。
 これに対して、主イエスは彼を深く憐れみ、御手を伸ばして彼に触れ、「そうしてあげよう、きよくなれ」と言われました。律法の壁を越えて、主の深い憐れみが彼を癒されました。この主イエスは、最大の壁を乗り越えて、人となってこの世に降り、私たちの救いのために十字架にかかってくださいました。神は罪人を深く憐れんでくださるのです。このような神だからこそ、本来近づくことのできない罪人の私たちが、主のもとに跪くことができるのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 南王国ユダはバビロニア帝国によって滅ぼされ、指導者を始めとする民はバビロンに連行されました。囚われの身が長く続くことにより、民の信仰は疲れ果て、神への不信と虚無感に覆われていました。
 預言者イザヤをとおして、神への不信を口にする民に対して、「しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはって、のぼることができる」と励ましました。「力を得る」とは、「力を入れ替える」ということです。力の源が自分から主に変わるのです。わしが古い羽を落とし、新しい羽に変えることによって高く舞い上がる力をもう一度得るように、神への信頼に生きることによって、信仰者は新しい力を得ることができるというのです。
 そのために、「主を待ち望む」ことが求められていますが、このときのイスラエルの民は、神の姿を見失っていました。バビロニア帝国の力に目を奪われて、自分たちが信じる神がどのようなお方であるかが分からなくなっていたのです。そこで主は、「あなたは知らなかったか」と問いかけます。それは、主がいかなるお方であるかを思い起こせ、ということです。天地を創造し、イスラエルの民をエジプトから救い出された力ある神が、彼らの神なのです。信仰者は、神がいかなるお方であるかを聖書の言葉によって新しく思い起こすことによって、尽きることのない新しい力を得るのです。
 新型コロナウイルス感染症の影響により、疲れ果ててしまいそうな私たちですが、主の足もとに倒れ伏し、私たちの主がいかなるお方であるかを思い起こして、新しい力をいただこうではありませんか。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 伝道者パウロの身に、「なぜこのようなことが起こるのだろうか」という出来事が起こっていました。世界の中心地ローマに着いたものの、牢獄につながれ、自由に伝道することができずにいたのです。私たちも、思ってもいなかった出来事に苦しみ、戸惑うことがあるものです。
 ところが、パウロはここで、思ってもみなかったことが起こったことを驚きと共に報告します。「わたしの身に起こった事が、むしろ福音の前進に役立つようになったことを、あなたがたに知ってもらいたい」と。パウロが投獄されたことにより、宣教のわざが停滞してしまったと思われていたのが、そうではなく、そのことによって宣教が進んだというのです。牢獄でパウロを監視する兵士たちに福音が伝えられるようになり、またパウロに代わって熱心に宣教する人たちが次々と起こされていったというのです。自分の働きという視点から、神のわざに視点を移して物事を眺めたとき、全く違った光景が広がっていたのです。かえって神のわざが前進していたのです。
 ただこれは、あくまでパウロ本人が「私の身に起こったことが」と言った言葉であって、他人が「あなたの身に起こったことが」と言うべきものではありません。私たちが神のみわざを受け止めるまでには時間がかかるものだからです。辛く悲しい出来事に対して、「これも良かったのだ」と無理に自分に言い聞かせる必要はありません。
 確かなことは、神はあらゆる出来事の中に生きて働いておられ、逆転のわざを行ってくださるお方です。「私の身に起こったことが、むしろ」と言わせてくださる神がおられることを信じて、「あなたこそ私の主」とひれ伏そうではありませんか。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 イサクの息子ヤコブは、双子の兄エサウと父イサクをだまし、長子の祝福を奪い取りました。怒りに燃える兄エサウの手から逃れるため、ヤコブは父の家を逃げ出し、一人寂しく荒野を旅していました。このようなとき、人は自分自身と向き合い、また神と向き合うものですが、ヤコブの信仰は両親に依存した借り物でしかなく、必死になって神に祈ることさえできませんでした。
 親からも神からも遠く離れてような状況の中で、ヤコブは荒野で石を枕にして寝たとき、一つの不思議な夢を見ました。天から地へと梯子が伸びていて、その上を天使が上り下りしていました。そのとき、ヤコブに神が語りかけられました。それは、アブラハムの神、イサクの神がヤコブの神となってくださる、という語りかけでした。アブラハムやイサクに与えられたのと同じ祝福の約束が語られるとともに、主がヤコブと共におられ、どこへ行っても守ってくださる、と告げられました。
 ヤコブは夢から覚めると、「主がこの所におられるのに、わたしは知らなかった」と驚きの声を上げました。親元から離れたこんな所に、そして兄と父を騙し、罪が露わになった醜いこんな私と共に主がおられるとは!という驚きでした。
 ヤコブに現れてくださった神は、天と地とを結ぶ梯子として、御子イエスを私たちのところに遣わしてくださいました。十字架によって、断絶していた神と私たちの間に道が造られたのです。そして主は、こんな罪人の私たちを見捨てることなく、どんなときにも共にいてくださいます。主を生活の場にお迎えして、歩みを続けようではありませんか。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 12年間も難病に苦しんでいた女性がいました。彼女は律法によって汚れた者とされ、社会から隔離されて深い悲しみを負っていました。しかしある日、せめてみ衣にでも触れば癒やしていただけるだろうと信じて主イエスにそっと触れると、その病気はたちまち癒やされたのでした。
 主イエスは彼女に、「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい」とおっしゃいました。
 彼女の信仰とは何でしょうか。それは彼女が、本来は信仰と呼べないようなやり方かもしれませんが、それでも救いを願って、主イエスへのひたすらな信頼をもって手を伸ばしたことです。主イエスを慕い求める思いがちょっと間違っているなら間違っているままで、しかし、このお方に私を救う力があると信じて、彼女は主イエスに全てをかけました。
 すると自分ではそれを信仰などと思わずとも、主イエスの方で「これがあなたの信仰だ。その信仰に私は喜んで応えよう」と言って、恵みのみ業を成してくださったのでした。
 私たちの姿勢も、本来の信仰のあり方からすれば相応しくないかもしれません。しかしそれでも、ただひたすら主に信頼して主の服に触るような礼拝をささげるとき、主は「あなたの信仰があなたを救ったのです」と言ってくださいます。そして「人生のあらゆる問題や苦悩を神の恵みにすっぽり包み込んでもらって、あなたはどん底では安心して生きていけるのだ」と、私たちの人生を保証してくださるのです。
 このあたたかい励ましを聞きつつ、主の十字架の恵みに支えられながら、私たちもこのお方への大きな信頼をもって歩んでいくのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤裕子)

 手紙の終わりに挨拶の言葉を述べていたパウロが、突然、「つまずきを与える者たちに警戒せよ」と語ります。教会の中に、間違った教えを語る者が入り込んでいる、というのです。それらの人々に対して、ただ警戒するだけでなく、「彼らから遠ざかるがよい」と勧めます。
 これは驚くような勧めではないでしょうか。パウロは全ての人に対して分け隔てなく福音を宣べ伝えることを大切にしてきた使徒であり、「最も大いなるものは愛である」と語った人です。そのパウロが、間違った教えを語る人々に近づいてはならない、と命じるのです。
 パウロがそこまではっきりと語るのは、そこに信仰の命がかかっているからです。彼らの間違った教えに引き込まれて、正しい信仰を失ってしまう人が出てきてしまうからです。その人たちから離れないと、救い主キリストから離れてしまうことが起こると予想されるからです。
 その間違った教えの根本問題をパウロは指摘します。「こうした人々は、わたしたちの主キリストに仕えないで、自分の腹に仕え」。「イエスは主」という信仰告白とは異なり、自分の腹、自分の欲望が主人となってそれに仕える、という生き方となっているのです。そのような偽りの信仰から離れるようにと勧めます。
 パウロはローマの人々に、自分が語ってきた正しい信仰、「わたしの福音」に留まるようにと勧めます。それは唯一の救い主キリストに留まるようにとの勧めです。キリストだけが、私たちを罪から救い出す力があるのです。この週も、キリストの恵みが私たちを守り、正しい信仰に留まらせてくださいますように。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 ローマ教会の人々に挨拶を送っている中で、「主にあって選ばれたルポスと、彼らの母とに、よろしく」とパウロは述べます。この7節から16節に出てくる22の人や家の名前の中で、新約聖書の他の箇所にも登場するのはこのルポスだけです。
 ルポスと聞いても私たちはあまりピンときませんが、「クレネ人シモン」といえば、主イエスが十字架につけられる場面で登場する人として思い出すことでしょう。主イエスが十字架を負ってゴルゴタの丘へと歩かれたとき、倒れ込んだ主イエスの代わりに、ローマの兵士は通りがかったシモンを呼び寄せて十字架を負わせました。彼はアフリカ北部のクレネから巡礼のためのエルサレムを訪れていたようです。たまたま通りかかったとき、兵士に呼び止められ、不名誉な十字架を背負わされることになったのです。
 そのシモンを紹介するにあたり、マルコ福音書は「アレキサンデルとルポスとの父シモン」と記しました。本人の名前だけでなく、その息子たちの名前をも書き残したのです。それは、マルコが福音書を書いたとき、シモン一家の名前は教会の中でよく知られていたからです。シモンは十字架を負わされた後、主イエスを信じるようになり、家族をあげてクリスチャンとなっていたのです。自分が主イエスの代わりに十字架を負ったのではなく、主イエスが自分たちの代わりに十字架を負ってくださったという恵みを知ったからです。
 その息子ルポスを紹介するにあたり、パウロは「主にあって選ばれたルポス」と記しました。たまたまではなく、神が恵みによってシモン一家を選んでくださっていたのです。私たちが救われたのも偶然ではなく、主にあって選ばれたからなのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 パウロはローマ教会に宛てた手紙の最後に、自分が知っている人たちの名前を挙げながら、「誰それによろしく」と挨拶を送っています。この「よろしく」と訳されている言葉は「抱く」という意味の言葉です。互いに肩を抱き寄せ合って挨拶する行為を表しています。同じ言葉は、他の箇所では「平安を祈る」と訳されています。「よろしく」という言葉の中に、相手の平安を祈る心が込められています。
 その挨拶の中で、パウロは「彼らの家の教会にも、よろしく」と述べています。コリントでパウロと一緒に伝道したプリスカとアクラは、今は再びローマに戻っていました。この夫妻は、どこへ行っても自宅を開放し、そこを礼拝と宣教の場としていました。パウロは彼らの家を「家の教会」と呼んだのです。
 教会といっても、建物のことではありません。ペンテコステは教会の誕生日ですが、それは教会という建物が出来た日ではなく、「イエスは主」と告白する群れが出来た日のことです。当時のキリスト教会はまだ力がなく、現在の教会堂のような特別な建物を持つことができなかったため、信徒の家に集まり、そこを礼拝の場としていました。パウロはそれを「家の教会」と呼んだのです。
 今年のペンテコステ礼拝は、新型コロナウイルスの影響を受けて、教会堂に集まることができず、それぞれの自宅で礼拝をささげています。教会の原点に立ち戻らされたかのように、各地に家の教会があります。「イエスは主」と告白する者たちが心を合わせて集まっている、そこに主の教会があります。皆さんの家の教会に、主の祝福がありますように。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)

 ローマの教会に宛てた手紙の最後で、パウロは長い挨拶の言葉を書き記しています。まだ訪れたことのないローマの地でしたが、これだけ多くの信仰の仲間が帝国の都ローマに移り住んでいたようです。
 そこに、プリスカとアクラという夫妻が登場します。パウロが第二次伝道旅行の途中、コリントでこの夫妻に会い、天幕造りを仕事とする同業者であったことから、パウロはアクラ夫妻の家に住み込み、一緒に仕事をしながら、共に伝道しました。そのプリスカとアクラ夫妻のことをパウロはここで「同労者」と呼んでいます。自分のしもべではなく、同じ主イエスに仕える者であり、対等の立場にある者だというのです。
 私たちプロテスタント教会は、「万人祭司主義」に立ち、牧師も信徒も身分の違いなどなく、神の前に等しく祭司であると理解します。牧師と信徒はあくまで職務の違いであり、同じ主人に仕える同労者です。
 このアクラ夫妻は、「わたしのいのちを救うために、自分の首をさえ差し出してくれた」と紹介されています。パウロのため、福音のために命がけだったというのです。それはパウロ自身が福音のために命をかけているのを目の当たりにしたからでしょう。そして、パウロが命がけだったのは、仕える主イエスご自身が私たち罪人のために命を捨ててくださったからでした。十字架で命を捨ててくださったキリストの恵みを深く知ったとき、パウロは命をかけて奉仕する者となりました。
 この命がけの働きは、同じような命がけの同労者を生み出します。私たちも、主イエスの恵みに命をかけて応えていきたいと願います。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)