先週、旧会堂が取り壊された跡地の駐車場整備工事が完了しました。費用を抑えるために、これまでのコンクリートやアスファルトはできるだけそのまま残す形での工事となりました。駐輪場が設けられ、ラインが引かれ、ポールが立てられてチェーンが張られました。詰めれば20台以上は十分に駐車できる予定です。また、新会堂の脇の通路もアスファルト工事をしていただきました。水はけが良いようで、雪が降ったときも大丈夫のようです。あと残るのは玄関の植栽工事だけとなりました。暖かくなったら工事が行われるということです。
 駐車場の整備が完了し、安心して皆さんを礼拝に迎えられると思った矢先、宮城県における新型コロナウイルスの新規感染者が急増し、1週間の10万人あたりの新規感染者数が昨日20日時点で24.63ということで、全国で最も悪い数字となってしまいました。ステージ2と3のラインが15人ですから、かなり厳しい状況です。このため、私たちの教会では、今日からしばらくの期間、再び奉仕者の3名だけが集う礼拝に切り替えました。数値が落ち着くまで、1ヶ月は最低かかってしまうでしょうか。宮城県でgotoイートを再開したことや、3月1
1日前後に宮城県を訪れる方が多かったことが要因としてあげられていますが、早く縮小へと転じるように願っています。
 そのような中、先月13日に続いて、昨日の夕方、再び大きな地震がありました。土曜日に地震が続きますね。私はいつも新会堂のことを心配するのですが、大きな被害はなかったものの、前回の地震が壁のクロスにできた裂け目が少し大きくなった感じがします。まあ、このぐらいは仕方がないのでしょうね。でも、これ以上は大きな地震が起きませんように。
 今日は午後、弘前キリスト教会の教会総会をZoomで行いました。4月から、三沢教会の篠崎和先生・証子先生ご夫妻が主任牧師となられ、私たち夫婦は任命を外れます。結局、有名な弘前城の桜を一度も見ることができませんでした。コロナのために当分は観光などに行くことができませんが、いつか、行ってみたいと思います。それまでのお預けです。
 いつも皆さんのお祈りとお支えを心より感謝いたします。

クロスに出来た裂け目

 本当に久しぶりの墓地清掃、墓前祈祷会となりました。昨年、納骨はありましたが、コロナのこともあり、墓地の清掃に行くことはできませんでした。墓地の近くの教会員が草抜きなどを独自にやってくださっていましたが、教会から行くのは久しぶりになりました。その間に、敷地内にある松の木があまりにも伸びてしまって、「早く切らないと大変なことになる」と言っていたところでした。
 昨夜の激しい雨もなんとかやみ、礼拝後、有志で行くことができました。松の枝をバッサバッサと刈り込み、ずいぶんとほっそりしました。また、納骨が増え、骨壺を置くスペースが減ってきたことから、棚を設置する必要が生じ、墓石を開け、中の広さを測りました。ちょうどいい棚を見つけることができるといいのですが、次の墓前祈祷会までに準備をしたいと願っています。

 あの日から10年となりました。しばらく前から、地元のテレビなどではずっと震災関連の番組をやっていますので、当時のことを思い出しながら、この数週間を過ごしています。夕方から小雪が舞ったあの日とは異なり、今日は朝から気持ちの良い天気となりました。
 先週6日(土)に、復興道路と呼ばれる三陸自動車道の宮城県部分が全線開通し、仙台から岩手県宮古まで3時間半で行けるようになりました。この復興道路を使って、もう一度、陸前高田市や南三陸町に行きたい、と思っていましたが、明日からの教団総会に備えて、遠出は諦めました。もう少し落ち着きましたら、それらの地域に行ってみたいと思っています。
 今日は、この日を逃すとなかなか行けないと思い、震災後、しばらく続けて訪問しておりました若林区のOさんのお宅に行ってきました。2年8ヶ月ぶりになります。Oさんのご主人も、また89歳になるというおばあちゃまもお元気でした。特に、庭の松の木が青々としているのに驚きました。
 せっかくなので、近くの荒浜小学校と海岸にも立ち寄りました。震災遺構となっている荒浜小学校には、2018年6月の北日本教職セミナーのとき、北日本ブロックの先生方と一緒に訪れました。そのとき以来となります。今日は午前中に行きましたが、3月11日ということで、普段よりも多くの方が見学に来ていたようです。

 この10年間の主の助け、そして皆さんのお祈りとお支えを心より感謝いたします。

「主は今に至るまでわれわれを助けられた」と言って、その名をエベネゼルと名づけた。(サムエル記上7章12節)

 しばらくぶりです。2月13日(土)の夜遅くの大きな地震は、皆さんが言われるように、10年前の大震災を思い出させるような強くて大きな揺れでした。スマホの地震速報も間に合わず、揺れ始めてから大きな警告音が鳴りました。建ったばかりの新会堂が壊れてしまうのではないかと心配しながら、揺れが収まるのを待ちました。
 被害としては、棚から小さなモノが落ちるぐらいで、建物そのものには大きな被害はなく、壁のクロスが少しゆがんだり、隅っこの継ぎ目のところが隙間が空いたり、その程度でした。どうもこのぐらいは仕方がないようで、地震保険の対象にはならないということでした。新しい会堂では、建物を傷つけたくなくて、まだ画鋲一つ刺したことがないのですが、大きな地震によってこのような隙間がところどころに出来てしまい、ちょっぴり悲しくなりました。そして改めて、建物というものは建った次の瞬間から朽ちていくものなんだなぁ、と実感したこと
でした。
 旧会堂では、解体工事が終わり、駐車場整備工事がゆっくりと行われています。まずは敷地の奥のブロックが崩れてしまっていたところを補修する工事が行われています。休日の今日も、工事の方が来てブロックを積む作業をしておられました。その隣りのところに大きなトラックが止まっているのが見えるでしょうか。お隣りの板金屋さんがいよいよ工場を移転させるため、休日返上で大きな荷物を積み込んでいました。
 新型コロナウイルスによって教会に自由に集まることができなくなってまもなく1年になろうとしていますが、この1年のあいだに、教会周辺はずいぶんと様変わりしています。教会の裏手の高台にあった大きなアパートはすべて取り壊され、地盤工事が続けられています。今年の9月末までの予定で、スーパーが建設されることになっています。教会の皆さんが自由に集まれるようになる頃には、スーパーも賑わっていることでしょう。礼拝の帰りに、そこで昼食をとって……ということもできるかもしれませんね。コロナと闘いながら、楽しみに待ちたい
と思います。
 いつもお祈りを感謝いたします。

 今日の午後、教会総会を行いました。新型コロナウイルスにより、集まる礼拝を休止している状況ですので、今回はインターネット(Zoom)を利用しての総会となりました。また、インターネットでの出席が無理な方々のために、議決権行使書を提出していただく形での出席もお願いしました。おかげで、このような状況の中で教会総会を無事に終えることができました。感謝です。新しく選出された役員の方々を中心に、厳しい状況が続く中も、主の導きと助けを仰ぎつつ、今年度の働きを進めていきたいと願っています。
 また、旧会堂の解体工事が1月18日(月)から始まり、わずか2週間の間に、解体は終了しました。最初は、新会堂建築のときのように、随時、解体されていく様子をホームページにアップしようかと考えていましたが、写真を撮りながら、なんだか亡骸の写真を撮っているようで、なんとも言えない思いになり、全てが終わってからお知らせしようと思いました。
 我が家の娘たちは、それぞれ4歳と2歳のときに仙台に引っ越してきましたので、旧会堂は自分の家、“我が家”であって、「やっぱり、自分の家がなくなっていくのは寂しいね」とのことでした。親としては、まだ全てが終わっていない、途中の状況であるためにそれほどの感慨深さはないのが正直なところです。というよりも、新会堂の牧師館がとても快適で、特に、真冬でも部屋の中の暖かさが全く違って、「建物が新しくなって、密閉性が増し、断熱材が良くなると、こん
なにも違うものか!」と驚いています。九州育ちの私にとり、また脂肪という「ミートテック」を身につけていない私にとって、旧会堂は本当に寒かったので、今は本当に有り難いことです。
 さて、解体工事がほぼ終わり、今週からは駐車場のための整備工事が始まる予定です。私たちの教会だけでなく、その周りもいろいろと変化が生まれています。いずれ近いうちに、お知らせすることができると思います。
 いつもお祈りを感謝いたします。

 新しい年を迎えましたが、新型コロナウイルスの感染はますます広がり、宮城県もステージ3の状態に至ったものとして、私たちの教会では今日から再び、基本的には奉仕者だけが教会に集まるというスタイルの礼拝に切り替えました。
 そのような中、礼拝の中で、成人祝福式を行いました。残念ながら、成人を迎えた教会員も教会に集うことができず、インターネットの向こうで礼拝をささげているその方のために、離れた場所からではありますが、祝福の祈りをささげました。
 また、今月末の教会総会に向けて、会計監査が写真のように会計担当者と監事とをZoomで結び、リモートでの監査となりました。これもコロナ下ならではの光景でしょう。
 今日の日誌では、あえて「コロナ下」という表現を使いました。一般によく聞く言葉は、「コロナ禍」という表現でしょう。耳で聞く場合は、「コロナ下」も「コロナ禍」も同じになります。「禍」という言葉は、「わざわい」「災難」ということです。確かに、新型コロナウイルスは世界中の人々を襲っている大きな災いであることに違いありません。そのような中、ある牧師が「私たち神を信じる者たちは、たとえどのようなことが私たちの人生に起こっていても、それでも神は生きておられ、私たちを恵みをもって支配していてくださる、と信じる者たちである。それゆえ、この状況を『コロナ禍』という表現を用いて言い表すことは私は控えたいと思う」という趣旨のことを言われました。「なるほど、確かにそうだなあ」と教えられました。そのときから、「コロナ禍」という表現を使うのはやめました。あえて使うなら、「コロナ下」という表現でしょう。「戦時下」という表現があるように、「新型コロナウイルスが猛威を振るっている状況の下で」という意味になります。私たちは、本当に厳しいこの状況にあっても、新型コロナウイルスが世界を支配しているのではなく、御子キリストを与えてくださった恵みの神が確かに生きておられ、私たちには十分には理解できない摂理をもって支配しておられる、と信じたいと思います。
 今日の成人祝福式では、次の聖句を読んで祈りをささげました。

「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。」
 (エレミヤ書29章11節/口語訳)

 コロナ下にあっても、私たちに平安を与え、将来と希望を与えようとしておられる神の支配を信じ、その神に望みを置きつつ、この年も歩ませていただきたいと思います。皆さんのお祈りを感謝いたします。

 今年のイヴ礼拝は、コロナの感染状況を考慮して、教会には私たち夫婦と奏楽
者の3名だけ、その他の方々にはご自宅にてYouTube配信を見ていただく形となりました。ライブ配信により、普段は夜の時間のために教会に集うことができない方も、初めてイヴ礼拝に出席することができた方もおられたようです。
 新会堂のイヴ礼拝にあたり、写真のようにせめて講壇だけでも飾ろうと、月曜
日に急いで準備しました。今日の礼拝中の写真は1枚だけしか撮ることができず、あとは前日、あるいは礼拝後の写真ですが、夜のチャペルもとても美しく、ぜひ皆さんに見ていただきたいと思いました。来年はチャペルにて皆さんと共にクリスマスをお祝いできますように!

 仙台では、今週15日(火)の初積雪から三日続けて雪が降りました。仙台の場合、11月や12月は雪が降ってもすぐに解けることが多いのですが、今年はそのまま降り積もりました。昨日や一昨日よりも、今日が一番積もったでしょうか。さすがに今日はこのままにしておいたら夜の間に凍ってしまうと思い、午後、少し晴れ間がのぞきましたので、急いでこの冬初めて、また新会堂で初めての雪かきをしました。私の牧師室が玄関のすぐ脇にあるため、階段にあるクリスマスの飾りがいつもきれいで、何度も写真を撮りたくなります。
 仙台はまだ10㎝足らずですが、県北の地域の方、あるいは岩手県の方は、昨夜の祈祷会のときに、「一日に三回も四回も雪かきしました」と言っておられました。私のように写真を撮ってる暇などないでしょうね。半分リクレーションのようにしてやっている雪かきですから、まだまだ楽なものです。でも、この程度で収まって欲しいなあと思います。

 今日は礼拝後、先月召されたY姉の納骨式が行われました。午前中は小雨も降る天気で心配しましたが、午後には回復し、納骨式の頃には美しい青空が広がりました。ご遺族と教会員とで12名の出席でした。コロナの影響でみんなで見送ることはできませんでしたが、天の御国での再会を待ち望みたいと思います。

 アドベント第2週を過ごしています。通常ですと、今度の13日(日)は子どもクリスマス会を行うのですが、今年はコロナの影響を考慮して中止となりました。せめてクリスマスの飾りだけでもということで、前回、クリスマスツリーをご紹介しましたが、そのほかにも、階段のところや外の案内板のところに家内が飾り付けをしました。クリスマスの雰囲気だけでも、道行く人に味わって欲しいと思います。
 また、築館教会から、何か献堂記念になるものをということで、時計をプレゼントされ、玄関ホールに設置していただきました。周りの建具の色とも合って、ちょうどよい感じの時計が設置されました。心より感謝いたします。
 コロナの新規感染者が各地で増えています。なんとか感染の広がりがとどまって欲しいと祈っております。皆さまもどうぞお元気でお過ごしください。