「平和を告げてくださる主」
(ヨハネ20:19-23)

カテゴリー 礼拝メッセージ要約(説教者による)

 主イエスが甦られた日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れ、鍵を閉めた一つの家に集まっていました。女性の弟子たちから、主イエスが確かに甦られたことを聞かされていながら、それを信じることができず、恐れに囚われてしまっていたのです。
 そういう弟子たちのもとへ、主イエスは無理やり押し入るように入って来られ、「安かれ」と声をかけられました。「平和があなたがたにあるように」という意味の「シャローム」という言葉です。平安を失っていた弟子たちに平安をもたらすために、「平和の君」である主イエスが彼らの真ん中に立たれたのです。
 そして、彼らに手の釘痕、脇腹の傷痕をお見せになりました。そこにおられるのが確かに十字架にかけられた主イエスであることを示されたのです。同時に、「その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ」(イザヤ53:5)とあるように、主の十字架により、罪が赦され、神との平和が与えられたことをはっきりと示されたのです。そのとき、彼らに大きな喜びが与えられました。
 その一週間後、弟子たちは再び鍵を閉めて家の中に閉じこもっていました。復活を信じられないトマスに逆に説得されるようにして、他の弟子たちも恐れに囚われていたのでしょう。しかし主は、その弟子たちのところにもう一度現れ、「平安があるように」と告げられました。不信仰と恐れの中にある者たちを、主イエスは何度でも訪ねてくださったのです。その主イエスを前にして、「わが主よ、わが神よ」と弟子たちはひれ伏しました。これこそ、毎週の礼拝で起こることです。不信仰な者がひれ伏す者へと変えられるのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)