礼拝メッセージ要約(説教者による)  
2018年7月~9月*

7月1日(月)
「遣わされて生きる」
(エステル記4:1-17)

 ハマンの陰謀により、ペルシャ帝国のユダヤ民族が全滅させられる法令が定められました。モルデカイは、ユダヤ人を救ってくれるようにペルシャ王に頼みなさいとエステルに命じますが、彼女はその責務の重圧ゆえに躊躇します。
 そのようなエステルにモルデカイは、神の民の共同体意識をもって、この一大事を自分の問題として受けとめよ、と訴えました。さらに、あなたが王妃に選ばれたのは、まさにこの時のためではなかったのかと迫りました。
 するとエステルは葛藤の末に、「法律にそむくことですが王のもとへ行きます。わたしがもし死なねばならないのなら、死にます」と決断しました。エステルは神が自分をこの国に遣わして用いようとしておられることを信仰によって確信し、それに応えて自らを主に差し出したのでした。
 私たちも、神の民としてここに遣わされている、という自覚と喜びをもって生きるときに、「主はこのために私をここに置いておられるのでは?」と思うことが起きてくるでしょう。そのときは私たちも、「私を用いてください」と主のみ手の中に自らを差し出していきたいと思います。そこでみ業を成してくださるのは、私たちではなく主ご自身です。
 誰よりもまず主イエスが、十字架の上で私たちにご自身を差し出してくださいました。その愛を知っている私たちは、ただ主の十字架の恵みによって、遣わされた場所で神と人に仕えて生きることができるのです。 
(仙台南光沢教会牧師 佐藤裕子)



7月8日(月)
「罪の奴隷から神の僕へ」
(ローマ6:15-23)

 律法の行いによるのではなく、恵みによって救われるのだから、罪を犯してもいいということだろうか、という問いに対して、「断じてそうではない」と退けながら、パウロは救われるということがどういうことなのかを語ります。キリスト教信仰における救いとは、罪の奴隷から解放され、今度は神の僕として生きるようになることです。それまで、罪の声に聴き従って生きていた人が、神の声に聴いて生きることです。
 この点において、私たちは誤解していることがあります。私たちが思い描く自由とは、罪だけでなく神からも自由になって、自分の思いのままに生きること、“我がまま”に生きることが本当の自由だと錯覚します。けれども、それは自分が主人になって生きることであり、神を自分の僕として生きる、罪の奴隷の姿にほかなりません。
 そのような私たちにとって最も大事な悔い改めは、この生き方の根本における方向転換です。神を僕とし、自分が主人になって生きていたところから、神を主人とし、自らは神に仕える僕となることです。パウロはこれを神に感謝すべきこととして語ります。キリストの贖いにより、本当に仕えるべき主人を見出したからです。自分の人生を全く委ねても大丈夫な主人が与えられたからです。そのとき、奴隷根性ではなく、自ら進んで神に仕える者とされます。神は私たちが僕となって生きることを強制はされません。喜んで自らをささげることを待っておられます。
 私たちは毎週の礼拝において、「あなたこそ主」と告白します。それは罪の囚われから解放された者たちの喜びの告白なのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)



7月15日(月)
「御国ってどんなところ?」
(ヨハネ黙示録22:1-5)

 ヨハネ黙示録の21、22章は、世の終わりにおける神の御国について書かれています。21章1節には、「わたしは新しい天と新しい地とを見た」とあります。“天国”ではなく、新しい“天と地”を見たというのです。この表現で思い出すのは聖書の最初の言葉でしょう。「はじめに神は天と地とを創造された」(創世記1:1)。この黙示録に記されている新しい天と地の描写は、創世記にあるエデンの園の様子によく似ています。世の終わりにおける神のわざは、天と地の再創造のわざと言えます。
 この第二に天地創造はいつになったら起こるのでしょうか。聖書によると、主イエスの復活によって、この再創造のみわざはすでに始まっていると言うことができます。主イエスの復活は、「初穂」としての甦りであり、キリストを信じる者たちは、やがての日に必ず復活することを保証しています。私たちは今、第二の天地創造の途上にあるのです。
 やがて到来する御国において、私たちは何をするのでしょうか。「彼らは世々限りなく支配する」(5)とあります。御国とは、何もしない世界ではなく、信仰者は、天の御国を管理する責任を担います。
 その仕事は、世の終わりが来たときに初めて行うのではなく、今ここで、その働きを私たちは始めます。「神の国は、実にあなたがたのただ中にあるのだ」(ルカ17:20)と主イエスが言われたように、今ここに神の国、神のご支配を実現するために、私たちは御国の民としてここに置かれています。地上にある限り、私たちは神の国を管理する使命が与えられています。私たちは与えられている命を精一杯用いて生きるのです。
(シオン・キリスト教会牧師 坂本献一)



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