「老いてなお喜びに生きる」
(伝道の書12:1-14)

カテゴリー 礼拝メッセージ要約(説教者による)

 この書を書いている伝道者の周りにいる老いた者たちの中に、「わたしにはなんの楽しみ(喜び)もない」と嘆く人たちがいたようです。年とともに、それまで楽しみとしていたものが一つずつ奪われて行ったからでしょう。伝道者は2節から6節にかけて、人が年とともに衰えていく様子を描写し、ついにはちりに帰る現実を語ります。
 そのように衰えていく老人たちが「なんの楽しみもない」と嘆く姿を見つめながら、伝道者は「空の空、いっさいは空である」と語ります。これは、この書の最初から著者が語ってきたことでした。「空」という字は、「のみなどであけられた穴」という意味です。人の心には大きな穴があいてしまっていて、心がそれを感じ取るとき、空しさとなって意識されます。これは、なにも老人だけでなく、若者たちにも共通する問題です。ただ、若者たちは、その空しさを忘れさせてくれる様々な楽しみがあるため、心の空洞を意識しないで済んでいるだけです。けれどもその重要な問題が問題化するときが来ます。老年となって、この世の楽しみが奪われてしまうときです。もはや、心の穴を埋めることができなくなるのです。
 だからこそ、伝道者はすべての人に対して、「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ」と勧めます。私たちが空しさから解放されるのは、私たちの本当の価値を知っておられる造り主なる神を知ることによってです。私たちの心にあいている穴は、神を受け入れるための場所です。神を心の王座に主人として迎え入れるとき、老いてなお喜びに生きる人生がそこから始まるのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)