「神との平和」
(ローマ5:1-11)

カテゴリー 礼拝メッセージ要約(説教者による)

 信仰によって義とされた恵みについて、「神に対して平和を得ている」とパウロは表現しました。この平和とは、心に感じる平安ということではなく、神との間に平和の関係が築かれていることを意味します。この言葉は、ヘブル語の「シャローム」という言葉の意味を受け継ぎ、ただ争いがない状態ではなく、満ち足りて完全に良い状態を表します。
 このように語るのは、救われる以前は、神との間に不和があり、敵対関係にあったことを前提としています。わたしたちの問題は、自分が神に敵対していることに気づいていないことです。しかし、聖書が語る罪とは、わたしたちを創造された神を無視して生きることです。そのとき、人は神ならぬものを神とし、それを頼みとして生きてしまいます。それが神に敵対している人間の姿です。
 そのように神に敵対している者たちは、自分の力で平和を得ることはできません。パウロは、この平和は主イエス・キリストによって与えられたと語ります。それは「神との和解を受けた」(10)ということです。その和解は、神とわたしたちの両者がそれぞれ歩み寄って和解した、というのではありません。父なる神が御子キリストをこの世に遣わし、わたしたちの身代わりとして十字架にかけてくださいました。神の一方的な恵みのわざによって、わたしたちに和解がもたらされたのです。
 わたしたちにできることは、差し出された恵みを感謝して受け取るだけです。パウロは、キリストによってもたらされた神との平和を手放すことなく、そこに留まり続けるようにと勧めます。わたしたちには神との平和が与えられているのです。
(仙台南光沢教会牧師 佐藤信人)